このブログを作って10年以上が経っていた、ことに気付いてなんか今の気持ちを書きたくなったので書いてみるんですが、大抵こうやって書いた文章は後でキモっと思って非表示にしたり消したりするので、なるべくキモくならないようにキモくならないようにと戒めて書いていく。
「ゲーム雑記帳」と銘打って始めたこのブログ。目的は自分の記録のためなんだけど、その中身はひとり言なのか紹介したいのかブレブレで、そのときそのときの気持ちのまま書いています。
自分の書いた文章が後でキモく感じるのはなぜだろう。その時はそれなりに読み返して投稿しているはずなのに。
なんかこないだ、あの…有名な…ラルクのハイド?か誰かが、「昔の歌恥ずかしくて聞けない。あの頃と今の歌い方は違うから。」みたいなこと言ってた。それと似たように、文章を書くことで生計を立てているような人でも、自分の昔の文章なんて読めたもんじゃない、と感じたりするんだろうか。
私は過ぎ去った自分のことを否定的に捉えることが多いから、日記とか始めても途中で捨てちゃったりするんだけど、このブログだけは続けることができた。それはやっぱり、ゲームが好きということが第一にあることと、1つ1つの作品を忘れたくないという気持ちが強いからかなと思う。
本好きの人が読書ノートを作ったりするのに似てるのかも。
読書ノートもちょっと作りたいなと思ってるんだけど、いかんせん本を読まなすぎて…、というかたいていの場合、本を読む時間があったらゲームをしてしまうんだよな。
私は基本的にはストーリーが素敵なゲームが好きなんだけど、例えばストーリーが素敵な小説を本棚に収めていったらそれはそれはときめく書斎になるじゃないですか。このブログは自分のそういったスペースになればいいな、と思って作った…わけではないですが、結果的に100件を超える記事を書くに至り、とても引き払うことはできない不動産ができた気分でいる。

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